先日のこと。家に帰ると、旦那の様子がおかしい。何か、おかしい。そう、私はなにか彼の放つ空気に違和感を感じたのだ。

旦那はまるでいつもと全く同じで、帰りの遅かった私のために炒飯をつくっていてくれて、待っていてくれて。おなかの赤ちゃんにも話しかけたり、妊娠線予防のためのクリームを塗ってくれたり。目が合えば細い目でにこりと笑う。いつもみたいに優しいし、気遣いもある。

 

だ~け~ど、何かおかしい。

 

なにか嫌なことを隠している感じがしてならない。怪すぅぃ~~~

 

ふとした時にみたらあの細い目の奥が笑ってない。怪すぅぃ~~~

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いつもなら、「なに隠してる?」

と、ストレートに切り込む私ですが、なんとなくそんな気にもならなくて放置して就寝。

次の朝のこと。旦那が朝食時にぽろぽろ話し始めた。内容を聞いて、『なるほど、そんな嫌な役割を引き受けてしまったわけね。それはそれはものすごい嫌なエネルギーが満ちてしまってしょうがないね。』と納得。だから私が感じていた空気はアタリだったのね!わかりやすい人だな。ほほ~ん。と、味噌汁をすすりながら思っていた。

 

しかし、だんだん聞いていてバカバカしくなってきた。聞けば聞くほど「誰かは誰かのせいにしてばかり」。たかだかそんなことのために、もっと豊かに過ごすことができた時間も棒に振り、これからもっともっと素晴らしいはずの未来さえも失うのだ。もう可哀想としか思えない。なにかフツフツとした感情が湧き上がる感覚。

 

正直、もうそんな風に生きる人たちはどうでもいい。(え?よくないよくない。)

 

だけど、Hey! そこの旦那よ!おまえじゃ!
(あらやだ、お口がきたなくて失礼)

 

目の前の大切な彼には、誰かのせいにばかりして生きてほしくない。そんなことのために、時間もエネルギーも使ってほしくないと願っているのに、ぐちぐちが止まらない旦那をみて、私がひとつも影響を与えてなかったんだってそんな自分に対して強烈に寂しくなり、腹が立ち、悲しくなった。(私ってこんなもんかい!っと。まだまだですな。)

 

しばらく話して「それもそうだ」と言って頷いていたけれど、ついうっかり人はやっぱり「何かや誰かのせいにする」ものなのかもしれない。そしてそれを意識し始めることすら簡単ではない。

 

彼を鏡にして私は何を受け取らなくてはいけなかったのかな。夫婦はじめて2年目。夏からはなんと子育てってやつを二人で始めていくのだ。こんな調子でまだ2年、もう2年。家族も増えてさらに10年、20年後が楽しみすぎる。これからも、へこたれずに(笑)互いを観ながら気づき、成長し合える二人で居たいものです(あらやだ結局のろけましたよね。オシマイ。)