The Energy of Life~運命を変え、創造する~ 
episode5|高木朱理

 

ひとことで自分を表すとしたら?と聞かれたら、
私は「一匹狼」と答えていた。
人と群れることが嫌いだから・・・嫌い?
いやむしろ数年前の私はいつもニコニコでいるために笑顔を形状記憶し、日々、相手の顔色をうかがい過ごしていた。
今思うと、私の心と気持ち、思考や行動はちぐはぐしていた。

その頃の私は目の前の仕事をこなし、自分の評価を上げることが“会社に認められる”ことだと信じ、がむしゃらに働いていた。そしてついにマネージャー職を掴んだ。
私は仕事全般を楽しんでいたが、人との関わりの中では問題を抱えていたし、もどかしさを感じていても見て見ぬふりを何度もした。

結婚し、妊娠したことで私の心は晴れたように感じた。そして女性としての喜びを感じ、「これで私は幸せになれる!」とこれからの未来が明るく感じられた。
まだ見ぬ我が子の順調な成長を願いながら、優雅に過ごしたマタニティライフ。
その幸せは我が子が生まれた瞬間からガラガラと崩れ落ちた。

仕事も人生も思い通りに進んできたと思っていたし、それなりに楽しく過ごしていた。それなのに、生まれたばかりの我が子のお世話は、可愛いと思う余裕もなく四苦八苦。そしてある日、腕の中で生きている小さな命の存在、その重みが私の方に“責任感”というカタチでのしかかったように感じられ、不安になった。「立派なお母さんにならなければ」と思い、何とも言えない苦しさに襲われた。

娘が1歳になり、職場復帰することになった。復帰の一番の目的は娘を身体に良い食事を提供する保育園に入れること。それは「私、いい母やっています!」と自分を認め、周囲に認めてもらうためだった。

復帰初日は憂鬱で閉塞感があった生活から飛び出せる!と嬉しさがこみあげ、喜び、スキップしながら出勤した。しかし実際は、勤務時間が減り大事な会議に出られず思うようにリーダーシップを発揮できなかった。

「母親」になることで幸せになる、はずだったのに。「母親」になったからどれも不満足で娘の存在が邪魔に思えることもあった。家族とどうありたいか?を描かず、「とにかく復帰!」で動いた結果、朝一番に娘を預け、迎えは最後になることも。出社時間もギリギリで嫌味を言われる。心身ともに疲弊していつも不機嫌。娘と夫は私の八つ当たりの対象だった。娘が泣くと、私がこの子にとって正しいやり方をしていないからだ。と自分が責められているように感じ、私の心は行き場を失っていった。ついには夫も全く口をきかなくなった。そんな私は家族といても孤独を感じるようになり、次第にその孤独に耐えられなくなっていった。

自分で決めた職場復帰。それが今のやり方では一番大切にしたい家族を大切にできない。
激しい後悔が私を襲った。

「このままではいけない!仕事も家族のこともこのままにしておきたくない!諦めたくない!」と私の奥にいた【わたし】が叫んだ。子育てについて相談していた元同僚に紹介され、受講したのがCNEのおやべん(現|心をつなぐ人になるCü-くう-入門)だった。講座に参加し始めて、娘との関わり方が明らかになり、自分の子育て観に触れることとなった。
私は2歳になった娘に対して指示命令、制限、監視が止まなかった。まるで軍隊のように規律正しい生活を娘に強いり、それに従うことでよしとしていた。

しかしこの日を境に、私の中の何かが動いていくのを感じていた。
職場で受講時の娘とのやり取りを話している時、ふと自分の母親のことを思いだし涙が出る。ああ、私は過干渉だった母と同じことを娘にしているのだと気付いた。
その後、中級講座に参加。少しずつ過去が整理されていく。そして次は上級講座。受講したいと思いつつもなんとなく抗っている私に気付いた。そうだ、もうこれからは娘や家族、会社や仕事のせいにしたり、言い訳したりすることもごまかすこともできないんだと分かっていた。後戻りはできない不安と期待が入り混じっていた。

 

上級講座に参加すると自分でも想像していた以上に気持ちが湧いて出た。
腹立たしさ、情けなさ、虚しさ、悔しさ、寂しさ、妬み、浅ましさ、恥ずかしさまで。
自分の中にたくさんの気持ちがあることを知る。
私は人の立場を考えて行動していたのではなく、自分しか見えていなかったのだ、と知った。
だからそんな自分にがっかりし、観たくない!知りたくない!と背を向けたくもなった。だけど、自分の人生に葛藤しながら共に学ぶ仲間たちと関わっていくことで、私の中にどんな気持ちがあっても許される安心感が私を包んでいった。

そしてはっきりと分かった。
そう、私は自分をごまかしている。苦しい。

もう自分をごまかして生きたくない。自分で自分を縛るのは嫌だ。

そうやって自分の気持ちに気付いていく過程で私は気持ちをそのまま素直に、正直に娘に伝えていった。時に娘と本気で喧嘩になることもある。そんな私たちを見て普段波風を立てない夫の心がざわめき、動いていくのが感じられ嬉しくなった。

孤独を感じていたのは私の気持ちを相手に認められることがなかった過去があるからだと私は気づいた。

では今はどうだろう。
ほっとして笑いあう時も、涙が出るほど悲しい時も共に家族になろうとしてきた。その場に夫と娘がいた。
そして何度でもチャレンジできる環境があり、行き詰ってもアイデアをくれる仲間がいる。

「幸せ」って誰かの期待に沿って動き得るもの?
私の答えはノーだった。
だから17年務めた会社を私は辞めた。

フリーで活動することに不安はあった。
決断、責任…全てが自分にかかってくる。
そのたびに私の心を観ていくと、もう一人の【わたし】がいつも私を見守り、ときに罵り、鼓舞している。
本当の自立は孤独ではないと知った。

「行動する前に必ず気持ちがある」
私はそれを意識し始めた。心の奥底にとどまっていた気持ちに気づき、行動するようになった。

私は企業を対象に心をつなぐ人になるCü-くう-という講座の講師として、いきいきと働く社内環境をつくり、お客様と心が通う関係を築く人を育てる未来を心に想い描いた。
今ではサラリーマン時代に苦しんだ経験が活かされ、悔しかった思いが私を突き動かしている。

ああ、私は人が好きなんだ。ようやく人と関わることで自分を知り、理解し活かしていくのだと知った。
さあ今日も「本当の自分に気付き受け入れその人らしく生きる」人が増える未来を感じながら、私を生きよう。
(聞き手 宮越夏子)

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あとがき

私が朱理さんと出会ったのは、約1年前。「上級講座」が始まりだった。当時2歳の娘との日々に辟易していた私にとって、彼女は輝いて見え、いつも人に囲まれていた。初めは、住む世界が違う人だと思い込んで、自分を出すことが出来なかった。
ある日。講座中に彼女とシェアすることになり、私の母との出来事を話すと、彼女は気持ちをあらわにして泣いた。その時、頑なだった私の心が揺さぶられ、彼女に関心が湧いた。
少しずつ、彼女を知っていくと、少女のようにお茶目な表情をしたかと思えば、迷いのないまっすぐな目をして語る、どっしりとした頼もしい彼女も垣間見えた。また別の時は、しょんぼりと肩を落としている姿も。そんな彼女を見て、私はとても安心したことを覚えている。どんな自分もさらけ出す人は心地良いと。
彼女の5歳の娘の天真爛漫さが、彼女にそっくりで、本文にも書いた子育て暗黒期が、一瞬信じられないほど、我が子の話をするときの彼女は、目をキラキラ輝かせて語ってくれる。
家で過ごすことが好きという彼女の自宅には、彼女の「好き」「こだわり」が溢れていて、そのセンスに嫉妬もし、憧れもする。
本当の彼女は、好奇心の赴くまま。自分を取り戻した彼女が、戸惑いながらも進む道が、どんな彩りを見せるのか、本当に楽しみだ。


【プロフィール】

高木朱理

1971年生まれ 福岡市出身
一児の母

IRODORI代表
17年間のサラリーマン時代を経て、気持ちと気持ちの関わりを実践するCü-くう-入門の講師に。企業を対象に、講座を展開中。
株式会社キュリアスマインズが展開する、街角キュリアスプロジェクトにも関わる。
「自分が関わる人達の毎日に彩りを」という思いで日々活動している。

 


取材・執筆|

宮越夏子
1980年生まれ。鹿児島県出身。
一児の母。
産後のプレッシャーから鬱になり紆余曲折を経て「おやべん(現在Cü-くう-入門)」に辿り着く。
その後夫婦で「上級講座」を受講。自分を掘り下げていくと、そつなく周囲と合わせて自分の気持ちをごまかしてきた自分に気付く。
家族で日々試行錯誤しながら、気持ちを表現する関わりを実践している。
自分を表現するために文章を書くことが好きで、今回、自分が相手をどう感じどう表現するのか、好奇心に導かれ初めての試みに挑む。

 

運命 変化 女性 CNE